35歳からの中二病エンジニア

社寺・鉄道・アニメを愛でるウェブ技術者の呟き

挨拶さえ苦手なITエンジニアが社会に適応するためにやってきたこと

先の記事は、自分なんかより余程生きるのが辛くて声を上げられない人達も多かろうと思いつつ書いてみたけれども、現実の厳しさを余計に炙り出す結果になってしまい、反省している。

とはいえ、これに懲りずに少しでも前向きにやっていきたいと思ったので、僕が個人的に生きにくいと思いつつも何とか社会に適応するためにやってきたことを掻い摘まんで挙げておこうと思う。少しでも、同じように生きにくさを抱える方々の参考になれば幸いだ。

注1:この記事の想定読者は、ASDで生きにくさを抱えつつも、社会集団の中でうまくやっていきたいと考えている方である。特に僕がITエンジニアなので、そちら方面の事情に偏っている可能性がある。全くの異業種や、定型発達者の方は想定していないのであしからず。

注2:この記事では幾つかの例を挙げるけれども、それらは僕の経験則であり、個人や集団に対するレッテル張りの意図は全く無い

注3:僕の場合はこれで乗り切ったという事例であり、これでうまくいくことを保証するとか、推奨するものではない。こういう人も居るんだなくらいの受け取り方が丁度良いと思う。

注4:社会集団の中で生きることを選択したからには、彼らと可能な限り上手くやろうと努めるのは大前提である。意見はしても、自分のハンデキャップを盾や特権に使うものではないと思っている。

注5:馬鹿げた内容だと嗤いたければ嗤ってくれ。そういう人に向けては書いていない。

マイノリティーの多いコミュニティーに参加する

まずはこれ。僕の場合は大学時代のサークルだった。そこはコンピューター系のサークルだったのだけれども、偶然か必然か、自分のようなコミュ障や、精神疾患、マイノリティーな趣味等を持つ人達が集結していた。皆が自身をマイノリティーだと自覚していたので、皆の個性に対して寛容だった。そういうコミュニティーに参加したおかげで、僕はそこから排除されずに、失敗を重ねながらも人との濃密なコミュニケーションを重ね、マイノリティーの少ないコミュニティーでも擬態できる程度のスキルをギリギリ身に付けられた。

経験則ではあるが、マイノリティーの多いコミュニティーを探すなら、アニメやゲームのような、濃いオタクがある程度集まってそうな分野を選ぶと当たりやすい傾向にある。オタク気質の強さというのは、こだわりの強さというASDの一特性にも無関係ではないので、あながちデタラメでは無いと思っている。

就活面接を乗り切る

社会に適応していく上で就職は一大イベントだが、その前にはほぼ確実に「面接」という、我々にとっては背筋の凍る試練が待っている。ここでは、先にマイノリティーの多いコミュニティーで鍛え上げた擬態スキルが大いに役立った。少なくとも表面上は日常会話程度なら成り立つようになっていたので、あとは面接に特化した訓練である。

これについては、とにかく想定問答を愚直に繰り返した。自己PRの内容や強み、弱み等の定番の内容を完全に自分の物にした上で、更にそれを仮想面接官相手に話しまくる。これを何十回も繰り返した。

結果は惨敗である。何十社受けたかもう覚えていないけれども、その全てで声や手が震えたり、面接官との会話が噛み合わなくなったりして、悉く一時面接で落とされた。

唯一、一次面接に合格した時に違ったのは、遅刻寸前で飛び込んだことだった。この時はとにかく開始時刻に間に合わねばという一心で面接会場までダッシュしたので、面接が始まる時になっても息が完全に上がっていた。ただ、それが良かったらしい。普段ならば呼ばれるまでの待ち時間で極度の緊張状態になっていたのが、体が温まっていたので全く震えが来なかった。また、頭が空っぽになっていたおかげで、カチカチの想定問答よりもずっと素の受け答えができて、これが合格に繋がったと思っている。

僕の場合は偶然の結果だが、同じことを繰り返すのではなく、会場へ向かう時間を変えてみたり、待ち時間に考える内容を変えてみたりと、色々試行錯誤することで、緊張の度合いをほぐす助けになる可能性がある。ちなみに、この後受けた就活面接では、一度も落ちなくなった。一度学習すれば再現性があるというのは、今にして思えばASDの良い特性だなと思う。

職場での日々のコミュニケーションを乗り切る

職場に入ってからのコミュニケーションで辛いのは、業務上での会話ではなく、休憩中などの日常会話だ。業務上の話ならドライなコミュニケーションなので、ここまで磨いた擬態スキルでも通用した。ただ、日常会話は何が飛んでくるかわからない。

これについては完全に個人の考えだが、極力無理せずに可能であれば避けることを心掛けている。例えば、誰かがトイレで小用を足していたら個室に入るとか、飲み会の席は目立たない所に陣取るとかだ。こうしたことは決して逃げではなく、業務以外で極力疲弊せずに、仕事で最大の生産性を発揮するための合理的な姿勢だと思うことにしている。

業務上のコミュニケーションは、それが成果に直結するので抜かりなくやる必要があるけれども、日常会話は必ずしもそうではない。逆にもし、日常会話が仕事での評価に関わってくるような職場であれば、僕たちのような人種は合わないと見切りを付けた方が建設的だ。これはどちらかが悪いとかではなく、相性がよろしくないと思う。

他にも、電話応対やプレゼンテーション、会議の議事録作成、果ては客先訪問やチームのマネジメントなど、まぁどれも死ぬほど苦手だけれども、基本は反復練習と適度に避けることで乗り切ってきた。ただ、仮に今要求されたら電話応対や議事録作成は苦手だとキッパリ断ると思う。僕がやったら他の業務で生産性を落とすので、得意な人にやってもらえば良い。客先やマネジメントの類いも、かなり高度なコミュニケーションを要求されるので、そっちに行かないというのは大きな選択肢だろう。それで低評価を食らうようなことであれば、これまた相性がよろしくないのだと思う。

うまくいかなければ覚悟を決めて転職する

というわけで、転職の話。僕は社会人になってから、平均1〜2年に一度転職している。中には転籍や会社が解散した例もあるし、コミュニケーション問題とは関係無い理由も多いが。ただ、数字だけを見れば堪え性の無いダメ社会人のレッテルを貼られそうなものだ。

実際、転職の面接では転職回数の多さを指摘されたことは枚挙に暇が無いし、それを理由に断られることも多い。ただ、これは自分にとっても悪くないことだと思っている。というのも、転職回数の数で人を判断するような会社であれば、我々のようなマイノリティーに対してその他にも定型的な見方をしてくる可能性が考えられるからだ。そういう職場とは相性は良くないだろうから、断られて正解だと思っている。

そして、転職を重ねることで、面接で突っ込んだ話をするスキルが身に付いたりとか、自分との相性を見極めやすくなったりとか、あとは単純に数を重ねることで、相性の良い会社と巡り会える確率が上がってくる。そういう良い面もあった。

まぁ、僕に関しては35を越えて、いよいよ転職先の間口が狭まってきた感があるので、そろそろあまり無茶はできないかもしれないと思っているけれども、それでも残ることでストレスを溜めて働けなくなるくらいなら、転職するなりフリーランスになる方がマシだと思っている。

積極的に通院する

僕はそもそも自分がASDであるという自覚が数年前まで無かったので、精神科や発達障害外来を受診するという選択肢自体が存在しなかったけれども、社会生活で生きにくさを抱えているのであれば、今は大丈夫だと思っても通院するのが良いと思っている。

こういうのはストレスを溜めて心の余裕が無くなってくると(少なくとも僕は)余計に行かなくなる、というか行けなくなるので、違和感くらいの時点で行っておくべきだと思う。僕はそれをしなかったことで、一気にドカッときて3ヶ月の休職を食らっている。

どうにもならなければ公的支援を検討する

これは僕が受けているわけではないけれども。ASDやADHD等の発達障害の場合は障害年金や障害手帳の取得ハードルが非常に高いが、それは辛くても働いている状態にあるからで、本格的に働けなくなった場合は収入が当然ゼロになるので、支援を受けやすくなる。その後仕事に復帰する場合でも、障害者枠の雇用という選択肢があり得る。これらを頼るのは最後の手段ではあるけれども、「ある」と知っておくことは安心感に繋がる。

ちなみに、障害認定には医師の診断書が必要なので、先に挙げた通院が重要になってくる。その中で発達障害等の診断が下りれば、最初に通院した日を初診日として、障害年金であれば最大5年まで遡って支給される。

こうした内容については、専門のサイトが幾つもあるのでそれらを参照されたい。

おわりに

こうして書き連ねると、中々波乱に富んでいるなぁとしみじみする。もっと平穏無事に生きられれば嬉しいのだけれども、残念ながらマイノリティーがどこへ行っても寛容をもって受け入れられることは、今の時代には期待できないのが現実だ。であれば、そこで生き抜くためにはマジョリティーに擬態するスキルを身に付けるしか無い。

それが嫌で人と極力関わらずに生きていくのも一つの生き方だと思うし、僕のように擬態とハックで社会の荒波に揉まれるのも一つ、また他にも色々な生き方があるかもしれない。みんな違ってみんな良いと思う。僕はその中で、もう暫くは茨の道を行こうかと思う。まぁ今の職場はコミュ障への理解があるので、山あり谷ありという感じか。