35歳からの中二病エンジニア

技術や時事ネタ、鉄道・社寺巡礼など趣味の話を綴ります。

自閉症スペクトラム障害を持つ人間の生きにくさ

先の記事で少し自閉症スペクトラム障害ASD)について触れた矢先に、とんでもない報道を見てしまった。

mainichi.jp

流石に他人事と思えなかったので、この報道の問題点や、実体験に基づくASD持ちの半生、そして同じ生きにくさを抱える人達への言葉を綴っていきたい。

何が問題か

これは昨晩の新幹線内で発生した殺傷事件に関する記事だが、元々の見出しは「新幹線殺傷:容疑者自閉症? 「旅に出る」と1月自宅出る」だった。

またかと思った。 センセーショナルな事件が発生した時に、事件と容疑者のマイノリティー性を紐付けて、その性質を事件の要因だと扇動するマスコミの常套手段だ。こういう時に真っ先に槍玉に挙げられるのは、アニメやPC等の趣味だけれども、今回は自閉症が大々的に取り上げられた。ただでさえ病歴というのは繊細な個人情報なのだから、容疑者の段階で大々的に報道するのはどうかと思う。その上、当該記事ではあからさまに事件と自閉症を結び付けようとしている。

こうした報道が止まない要因として、多くの人間は自分が所謂「普通」であって、事件を起こすような人間は「普通ではない」という壁を作って、自分は「こちら側」なのだと安心したいという願望がある。それをマスコミはよく理解していて、そういう人々の琴線に触れる記事を提供しているという側面は大いにあると考えられる。

ただ、ここで「普通ではない」とされた人達、今回であればASDや、古くはアニメやPCの愛好家からすれば堪ったものではない。一度こうした報道が世に出れば、「お前ASDだったよな、鉈とか持ってないよな」みたいに心無い言葉や偏見を投げ付けられることは容易に想像できる。というか、僕は実際にアニメやPC好きでもあるので、過去にこうした光景は何度も見てきた。

大多数の人間を安心させるというメリットを享受するために、一部の善良な人間を苦しめるというのが、こうした報道の大きな問題だ。

そもそもASD持ちはずっと苦しんできた

まず最初に、今回の殺人容疑については法に基づいて裁かれるという当然の前提を挙げておく。僕自身この事件に対しては、容疑者への擁護だとか非難だとかいう特段の感情は持ち合わせていない。その上で、容疑者が話したという「自分は価値のない人間だ。自由に生きたい。それが許されないのなら死にたい」という言葉には、とても思い当たる節があった。

全てのASD持ちがそうとは限らないが、少なくとも僕は小学校時代が地獄に思えた。

僕は当時、勉強については学年で指折りの優秀さだったので、テストで100点を取っては母から褒められた。「お前は偉い」と言われたから、僕はテストで満点を取ったら偉いんだと思って、クラスでも自慢した。小学校の1〜2年の頃は、周りの皆も素直に凄いね、偉いねと言ってくれていたと思う。

風向きが変わったのは、小3の頃だったと思う。担任の教師が変わった。その教師は、「人は皆等ですよ」とか、「差別はいけませんよ」とかいうことを常日頃から唱える人だった。その頃から、僕はクラスの中でよくからかわれるようになった。理由はわからなかった。

僕はある時、学級会で「嫌がらせをするのを止めてほしい」と声を挙げた。そしたら、ある同級生から「お前が自慢してくるのが悪い」という糾弾を受けた。教師から放課後に呼び出しを受けて、僕はこっぴどく叱られた。曰く、「お前には協調性が無いからもっと皆のことを考えろ」ということだった。

僕は皆が考えていることなんてわからなかった。ただ、「自慢したら先生から怒られる」ということは理解した。当時の僕にとって、親と教師の言うことは絶対だったので、僕は自慢を止めた。

僕に対するからかいは、恐らくいじめと言われるレベルまでエスカレートした。自慢を止めたのにいじめが酷くなる意味がわからなかった。何故そんなことをするのか、訊く度に僕の悪い所を指摘された。「字が綺麗なのがむかつく」とか、「運動音痴すぎてチームを負かした」とか、どうしようもない言い掛かりだった。

我慢できなくなると僕は教師に窮状を訴えたが、その度に「人のことも考えなさい、皆に合わせなさい」と言われた。僕は人の考えていることがよくわからなかったので、とりあえず人と関わることを避けるようになった。

親には何も相談できなかった。母はヒステリックで、ちょっと自分の気に入らないことがあるとすぐに怒鳴り散らすような人だったので、景気の良い話以外は怖くてできなかった。父は元々寡黙できちんと話をすること自体無かった。

こっちが人と関わるのを避けようとしているのに、学校でのいじめは無くならなかった。一度標的にされると、こっちがどんなに態度を改めても、嫌がらせは続くらしい。段々と学校へ行くのが嫌になってきた。こうしたことが卒業まで続いた。

よく不登校にならなかったなと思うけれども、これもASDの特性なのだろう。学校は行かないといけない場所という風に認識していたから、僕には不登校という選択肢が無かったのだ。

人生の分岐点

その後、幸いにも僕は中学でいじめの地獄から抜け出した。いじめの中心だった人物が転校したり他のクラスへ散らばったこともあるし、周りがある程度大人になったというのもあると思う。相変わらず言いたいことを直球で言ってしまう所は健在で、昼休みのJ-POP垂れ流し放送が喧しいと言って音量を下げたらクラスの所謂不良に絡まれたとか、そういう面倒事はあったけれども、周りの大多数は上手い具合に腫れ物扱いだけして関わらず、こちらも他人には極力関わらずで、丁度良いバランスを保てるようになった。

一番の転機は大学時代だった。電子計算機クラブといういかにもなクラブに入ったのだけれども、ここが所謂「腫れ物」の巣窟だった。多くの部員が人から後ろ指差されるような趣味や、精神の病や、暗い過去などを持っていた。そういう人達なので、他者の趣味や性格にはとても寛容だった。僕はクラブの中で普通で居られた。そこでは所謂「普通ではない」ことが普通だったのだ。

おかげでそれまで興味のかけらも無かったアニメやエロゲーの世界に引き摺り込まれたけれども、その後自らコミケ出展しているくらいなので、元々素質はあったのだろう。

閑話休題

大学時代に曲がりなりにも対人関係を築けたおかげで、就職しても何とか猫を被りつつ仕事をこなせるようになった。エンジニアという、元々ASD率の高い職種という特性はあるけれども、多分あの大学時代が無ければ対人スキルがボロボロで厳しかっただろう。

そうでなくても、僕は未だに周囲から歯に衣着せぬ物言いだと言われたり、勉強会の後の懇親会が苦手だったりする。全てが対人関係というわけではないけれども、先の記事にも書いたように転職だって何度も経験した。それでもギリギリ社会でやって行けているのは、自分には対人関係を学習する機会を与えられたからだと、今でも感謝している。

同じ生きにくさを抱える人達へ

仮定の話に意味は無いかもしれないけれども、もし僕が中学でもいじめられていたら、大学で対人関係を築けなかったら、その後の人生はもっと辛いものだったかもしれない。下手をすると生きるのが辛すぎて自殺していたかもしれない。

だからこそ、僕達ASD持ちに限らず、所謂「普通」から爪弾きにされている人達には、そういう人達のコミュニティーがあるということ、そこは僕達を社会で生きていけるように導いてくれるクッションだということを知っておいてもらいたい。僕の経験上、所謂何らかのオタククラスターは、何かしら抱えている人の割合が高い。

あと、所謂「普通」の人達に「普通ではない」人達のことを理解してもらうのは難しい。彼らは大抵の場合悪意を持ち合わせていないし、出る杭が打たれるのは人の本質的な行動によるものだからだ。彼らのことは、「そういう生き物」くらいに思っておく方が気が楽になると思う。精々最初にジャブを打つ程度で、無理筋ならば早めに撤退した方が、不毛な遣り取りにならずに済む。

ASDというのは生きにくさ故に精神を病みやすい。そして病気ではないので死ぬまでその特性と付き合う必要がある。なので、社会に適合しようとする姿勢は素晴らしいが、自分に合ったコミュニティーを見付けること、合わない人や仕事からは距離を置くことを重視していくことで、それなりに生きていける環境を手に入れるというのも大事だと思う。

以上、中二病ASD持ちの鉄・社寺・アニオタエンジニアがお送りしました。

名声に見向きもせず、自らを主観視し続けて、私はまだ、中二病のままだ。

人はなぜ、中年になるのだろうか。

20代の頃は趣味なり恋愛なりブイブイいわしていた人達が、いつの間にか干からびて、「どうせ俺なんか」とか「俺は人生の敗者だ」とか言い出す。余りにもテンプレートな光景。僕にはよくわからない。

ただ、間違いなく言えることは、人生に勝ち負けを持ち出した時点で、彼らが言う所の「負け」だということだ。僕は人生に勝ち負けを持ち出すのは不毛だと思っている。それでも強いて持ち出すとすれば、僕は今まさに勝負の真っ最中だ。そしてこれは、死ぬまで変わらないと思う。

別に僕は大層な人間ではない。何処にでも居るような普通のウェブエンジニアだ。

20代の頃は、余暇は同人の音楽活動にほぼ費やしていたので、エンジニアのキャリアに全力を傾けていた訳では無かった。30歳手前で運良くリードエンジニアと呼ばれるくらいの位置に付けて、10人程度のチームを纏めたり、勉強会での登壇やインターン生のメンター等をやらせてもらったこともあり、環境には非常に恵まれていたと思う。

ただ、肝心な僕自身の精神が保たなかった。

僕の精神の糸が切れるのは唐突だった。

30歳の秋、車で遠方に出掛けた帰りに、交通トラブルに遭遇した。駐車場の隣に駐めていた車に、ドアを当てたと因縁を付けられたのだ。相手は物凄い剣幕で怒鳴り込んできて、僕はパニックになった。幸い車内をロックして、同乗者が警察に通報してくれて事無きを得たけれども、そこから僕は人とまともに話せなくなってしまった。

精神科に受診した所、適応障害ということだったが、広汎性発達障害の疑いがあるから専門医を受診した方が良いと助言され、発達障害外来を受診することになった。職場には1ヶ月の休職という形となった。この頃はずっと頭の中にモヤが掛かったような状態が続いていたので、特に疑問も感情も無かった。

発達障害外来を受診して、投薬治療の傍ら、リワークプログラムを受けたり、WAIS-Ⅲと呼ばれる成人向けの知能テストを受けたりした。結果として、医師からは典型的なアスペルガー自閉症スペクトラム障害だと診断された。

この頃になると、随分と精神状態も落ち着いてきて、自分の身の回りのことも理解できるようにはなっていたけれども、やはり特別な感情は抱かなかった。というのも、挙げられる症状や対処は僕が今まで生きてきた中で経験してきたものしか無かったからだ。僕は自分のことを変わり者だということ位は自覚していて、その変わっている部分に名前が付いた程度にしか思わなかった。

その後、復職した後に2度転職したけれども、その間に再び休職した。この時は職場に頻繁に怒鳴る人間が居て、それに精神をすり減らされた末のことだった。今にして思えば、最初にパニック障害を起こした時に辞めておけば良かったとは思うけれども、おかげで一つの教訓を得た。

それからの僕は、以前にも増して自分を取り繕わなくなった。無理をすることをきっぱりと止めたのだ。

周囲からどう思われても構わない。最悪、会社ならクビになるか、プライベートなら人が離れていくだけだ。それで心の安定が得られるなら安いものだと思う。今勤めている会社や、こんな僕とでも交友関係を持ち続けてくれている方達からすれば堪ったものではないかもしれないけれども、そう思うならばどうぞ、切り捨ててもらいたい。お互いに是々非々の関係を持ち続けることが最善だと思っている。

仕事のことで言えば、巷で言われているキャリア形成を意識するのを止めた。おかげで僕は35歳の今、一兵卒のエンジニアだ。給料だって最盛期よりも3桁万円近く落ちている。でも、やりたいことに集中して取り組める環境を得たおかげで、仕事の楽しさとストレスの無さで言えば今が人生で一番かもしれない。ストレスが減ったので、余暇まで有意義に過ごせて一石二鳥だと思っている。

今は良くても将来はどうなるかわからない。ご尤も。ただ、僕は10年前に今の自分を全く予測できなかったので、きっとこれから10年後も何が起こるかはわからない。なので、10年単位とかの長期的な視野を持つことに意味は無いと思っている。特に、僕のような変わり者には人生のお手本、ロールモデルというのがなかなかできない。なので、目の前や少し先のことに集中した方が上手く行くような気がしている。

35歳にもなって最新のアニメを2桁チェックしているし、衣服や靴は安物を使い回しているし、車も家も持っていない。世間様からすればいい歳して碌でもない人間だと映るかもしれない。でも僕は、それを恥だと思ったことは一度も無いし、誰に何を言われても揺らがない自信はある。

少しでも揺らぐようなことがあれば、考え直した方が良い。他人は責任を取ってくれない。人から言われた通りに行動して、後で何かあってもそれを言った連中はどうせ言ったことすら覚えていない。それ位無責任なのだから、人生は万事自分の価値観に基づいて行動すべきだと思っている。そうすれば、何か失敗しても自分がやった事として糧にできる。人から言われたことだと、失敗した時に言い訳が出来てしまうから、いつまで経っても成長しない。

こんな考えをしているので、僕には隣で発泡酒を飲んでくれる人も殆ど居ない。

でも、僕自身は自分のことをそれなりに好いているので、まだまだ大丈夫かなとは思う。

【プロフィール】

著者名:aikawame

SIer、音楽活動、大学院中退を経て、流れ流れてウェブ業界に至った流浪のエンジニア。

正解するカド12.5話は認められない(ネタバレ有)

不思議なタイミングで正解するカド12.5話が公開された。

www.youtube.com

話数から想像するに、本編の後日談かと思いきや、実際には2時間の総集編、構成としてはほぼ映画のような感じだった。僕は本編がかなり気に入っていたので、本編で足りていなかった表現を補完する部分も多く、概ね楽しめた。ただ、結末だけはどうしても納得できず、12.5話を正解として認めることは出来ない。ただ、だから悪いということでは無い。

何が納得出来ないか

12.5話の結末に納得出来ない理由は単純で、交渉が主題である作品なのに、最後は拳と拳のぶつかり合いで終わってしまうからだ。一方で、TV版は超展開と揶揄されてはいるけれども、最 後に真道はザシュニナの求めた驚きを与えることで、交渉をやり抜いたと言える。つまり、結末の意味する所が真逆なのだ。

もし12.5話を認めてしまうと、0話が光を失ってしまう。0話で神憑り的な交渉をやってのけた真道が、人外の存在相手にも交渉力を発揮してくれるというから面白いのであって、結局人外相手では話が通じませんでしたでは、0話は一体何だったんだということになってしまう。僕は0話やワムの製造法公表のような話に震えたタチなので、それをやってのけた真道でも交渉が出来なかったというのはちょっと認められない。

超展開の是非

とは言え、TV版の途中からの所謂超展開については、重厚なSFファンからすると辛い所があったのもまた事実だとは思う。確かに8話辺りから急に話が軟派になっていき、ロジックで固められていた話の中に感情的なものが混ざるようになっていった。ただ、そこについてはザシュニナと沙羅花の対比軸なので、僕は悪いものだとは思っていない。

一方で、所謂超展開によって驚かされたのはザシュニナに限らず視聴者もそうであろうから、むしろあの展開は視聴者にザシュニナを追体験させる技法だったと考えられる。僕自身、最終回がまさかあんな風になるとは全く予想していなかったので、当初の重厚なSFとの落差で思わず爆笑してしまった。ザシュニナはさぞ満足だったに違いない。

おわりに

今回の総集編について、何故わざわざ結末を変えてまで制作されたのか。制作陣の真に意図する所は計り兼ねるけれども、考察し甲斐のある作品であることは間違いない。ネタバレ程度では色褪せないくらいに濃い作品なので、気になる人はTV版、0話、総集編を通して観てみると良いと思う。全編通して観ると、この作品への見方がどんどん変わってくると思う。

ひょっとすると、制作陣はそれを狙って結末を敢えて真逆にしたのかもしれない。作品としての結末、どちらが正解なのかは視聴者が選んでくれと。

老害にならないように心掛けていること

35歳というのは所謂おっさん世代だ。「まだまだ若い」と思っている同輩も多いかもしれないけれども、少なくとも20歳そこそこの新卒諸君から見たら、一回り以上も離れたおっさんに違いない。おっさんと言えば各所で老害とのそしりを受け始める世代だ。そこで、最近はよく「自分は老害化していないか?」ということを気に掛けるようになったので、頭の整理がてら大きく3点挙げておこうと思う。

過去を美化しない

「昔は良かった」というのは老害の常套句だ。インターネット界隈でも、2000年前後のテキストサイト全盛時代の方が良かったみたいによく言われるけれども、本当にそうだろうか?物事の一面だけが切り取られて美化されていないだろうか?インターネットも現実世界も、昔は今よりもずっと不便だった。ほんの10年ほど前でもスマフォは一般に普及していなかったし、20年ほど前となるとインターネットすらまともに普及していなかった。そんな時代に誰もが戻りたいと思うだろうか?僕は嫌だし、況んや若者達をや、ということだ。

若者達の方が優秀だと自覚する

30代になって痛感することだけれども、10代や20代の頃と比べて明らかに記憶力が悪くなったと思う。また、心身にもガタが来て、長時間の集中作業とかも厳しくなってきた。多少の個人差はあるかもしれないけれども、自身の過去と比べて今の方が脳も心身も調子良いという話は余り聞いたことが無い。

それに加えて、若者達は例え数年であったとしても、僕達よりも多くの歴史を学んでやって来る。特にITのような動きの速い業界ではこれが顕著で、僕達が学生の頃は漸くインターネットの常時接続が実現した程度で、GitHubも無ければ、ウェブのMVCフレームワークさえもまともに存在しなかった。でも今の若者達は新卒の時点でそういう知識は当たり前に持った状態でやって来る。

「あいつらはアセンブラを知らない」とか言っている暇があったら、GoやPythonを勉強した方が良い。

常に新しいやり方を模索する

1つの技術に特化したりするとありがちなのだけれども、この歳になってくると新しい知識を吸収するのに若い頃よりも時間が掛かるし、そのくせ長年の経験で既存の知見については貯まっているということで、どうしても自分のフィールド内で戦いがちになってしまう。

ただ、世界は日進月歩なので、暫くは長い経験で培った貯金を切り崩すことで耐えられたとしても、いずれは新しい知見に圧倒されるようになる。なので、経験があるからと既存のやり方に固執せず、常に新しい知識を仕入れないと付いて行けない。

EmacsVimを思い切りカスタマイズしてあったとしても、ひょっとするとVSCodeIntelliJの方が生産性が上がるかもしれないのだ。まずは試してみる所からだ。

おわりに

色々と書き連ねてみたけれども、結局の所老害というのは過信から来るものだと思う。変なプライドを持たずに、常に若い世代や新しい知見を敬う姿勢があれば、自然と自身も新しい世代に適応していけるはずなので、僕もまだまだ若者達に置いていかれないように食らいついて行こうと思う。

取り敢えず、最新のアニメは欠かさない。シュタゲゼロもひそまそダリフラも最高だ。

RSS愛好会の今後について

RSS愛好会にて連休前より実施していたアンケートは、お陰様で230名以上の方から回答を頂くことが出来ました。大変多くの方にご協力頂き、誠にありがとうございます。

アンケートの結果と考察

まずは、本サービスの今後について触れる前に、アンケートの結果を踏まえておきたい。

普段お使いのRSSリーダーは何ですか?

  1. Feedly(53.8%)
  2. Inoreader(21.4%)
  3. Reeder(3.0%)
  4. その他(21.8%)

常用のRSSリーダーFeedlyが圧倒的に強く、過半数を上回った。また、上位3リーダーを除くとユーザー数は1〜2名に留まっている。Feedlyは独自の購読ボタンも用意していたりするので、今後はそうした部分にも対応する余地が出来たと言える。

普段購読しているRSSはいくつありますか?

  1. 11〜50(47.4%)
  2. 51以上(37.2%)
  3. 1〜10(15.4%)

概ね予想通りではあるが、今でもRSSを愛用している方はヘビーユーザーが多くを占めるということが読み取れる。

産経および読売のRSSを個人が配信していることをご存知でしたか?

  1. 知っていた(53.8%)
  2. 知らなかった(46.2%)

これは正直な所、軽く衝撃を受けてしまった。ただ、Feedlyはフィード購読時にURLを気にする必要が無いので、そういった所から購読している方は気付きにくいのかもしれない。

産経および読売のRSSがもし配信終了したらどう思いますか?

  1. 大変困る(59%)
  2. 困るが、仕方ない(39.3%)
  3. 特に困らない(1.7%)

こちらは参考程度の設問だったけれども、特に困らないが多かったらどうしようと思っていたので、肩を撫で下ろした。大変多くの方に活用頂いていることがわかったので、少なくとも当面はサービスを継続していきたいと思うので、どうか安心されたい。

産経および読売のRSSがもし配信終了したらどうしますか?

  1. 他の新聞社のRSSを利用する(41.9%)
  2. RSS以外の方法を利用する(32.9%)
  3. YahooのRSSを利用する(25.2%)

こちらは他のRSSを利用するが合わせて7割以上と、あくまでRSSを利用したい意向が強いことが読み取れる。ただ、公式にRSSフィードを配信している新聞社は少ない上に、あっても全記事を読めなかったりもするので、本サービスに一定の意義はありそうだ。

新たにRSS配信を希望するサイトがあればいくつでもお書きください。

  1. 日本経済新聞(9)
  2. ブルームバーグ(6)
  3. 47NEWS(2)

こちらは2件以上希望があったサイトを挙げている。元々産経ニュースのRSSフィード配信から始まったこともあり、ニュースサイトが圧倒的に多く、中でも日経新聞についてはZou3.netでの配信がされなくなったようで、早めに何とかしたいと思う。

RSS愛好会へのご意見、ご要望などがあればご自由にお書きください。

こちらは個別には紹介しないが、沢山の激励の声を頂き大変有り難く思っている。

今後のサービス展開方針

以上のアンケートを踏まえ、今後のサービス展開を次の順で考えている。

サイトの刷新とモバイル対応

現在のサイトは、サービス開始から4年以上ほぼ変えておらず、当初は突貫で作ったこともあってPC以外からのアクセスは考えていなかった。また、配信するRSSフィードを増やす際にHTMLを直接弄るような泥臭いことをしていたため、今後継続的にフィード配信を行っていくにはもう少し自動化しておきたい所もあり、まずはサイトの刷新を行うことにした。なお、その際にクローラーも含めたアーキテクチャー刷新を実施するため、若干大規模(というか全面的な作り直し)になると思っている。

RSSフィードの拡充

こちらが本命となるけれども、今の所は日経新聞ブルームバーグ、47NEWSについてはサイトの刷新後早急に対応したいと思っている。また、今後はニュース以外の分野にも拡大していければと考えているので、拡充の希望があれば遠慮なくフォームからでもTwitterからでもご要望をいただきたい。

補足:フィードへのお知らせ挿入

これは今回のアンケート依頼にも利用したが、今後も1日1回以内を原則として、本サービスや僕が他で展開しているサービス等のお知らせをフィード内に挿入させて頂きたいと考えている。サービスの性質上、直接的な料金徴収は厳しいし、広告収入もほぼ見込めないため、こうした形で運営維持にご協力頂けると有り難い。

おわりに

実は今回のアンケートの切っ掛けは、Feedlyの産経・読売の購読者数が延べ二千名を超えているのに気付いたことだったので、今回のアンケート結果を見て、これは潰してはいけないサービスだという思いを補強することになった。余暇を利用して作っているものなので、そこまで時間もお金も掛けることは出来ないけれども、今後もぼちぼちと開発していければと思う。

中二病のすゝめ

会社の昼休みに同僚のエンジニア一同と弁当を食べていた時に、ひょんなことから中二病の話題になったので、ここぞとばかりに中二病患者として生きることの意義を説いてみたけれども、消化不良だったので再考しつつまとめてみる。そう言えばタイトルにまでしているのに言及したことがほとんど無かったし…。

そもそも中二病とは

最近はラノベの影響か、所謂厨二病という中二病とは似ても似つかない属性が台頭しているけれども、ここで言う「中二病」とは元来の意味の方を指す。思春期特有の症状で、「俺はあいつらとは違う」とか、「大人はみんな嘘吐きだ」とか、他人や世の中を斜に構えて見るようになり、後に黒歴史化するアレのことだ。

ちなみに、僕にとって最高の中二病的台詞は、「間違っていたのは俺じゃない、世界の方だ」という、某国の皇子による名言である。

なぜ大人になると治まるのか

一般的に、中二病は思春期を過ぎて大人になると治まると言われる。僕のようにおっさんになっても中二病を拗らせたままというのは稀有な例だろう。件の話題の中で、僕は大人になっても中二病を貫けば良いと言ったことに対して、興味深い意見を貰った。それは、「色んなものを敵に回して傷付きたくない」というものだった。

なるほど。思春期になると人は自我を確立して、そこから他人や世の中との衝突が生まれる。ただ、普通の人達はそこでカウンターを食らって傷付き、その経験から傷付かずに生きる術を身に付ける、つまり「大人の対応」が出来るようになっていくわけだ。

おっさん中二病患者の場合

翻って僕はと言うと、そもそも基本的に他人に興味が無いので、傷付けられる相手が居ない。興味のある相手が敵になるから上手く行かなくて傷付くのであって、興味の無い相手が敵になっても、と言うか興味の無い相手とは基本的に関わらないから、傷付きようがないのだ。小中学校の頃は、こっちが興味無いのに向こうが執着するから辟易したことはあったけれども、それは心が傷付くのではなくて、石ころに躓いて転んだような感覚に近い。

かくして傷付くことの怖さを知らずに大人になった人間は、中二病を拗らせ、良くも悪くもピュアな人間のままで居られるようになったようだ。

中二病のメリット

さて、それでは中二病のままで居ると何が良いのかと言うと、常にありのままで居られることによるストレスの無さだと思う。普通の大人は「大人の対応」をすることで自分を抑制する形となり、それがストレスとなっていくけれども、中二病ならば自分を押し通せるから、ストレスフリーで居られる。また、言いたいことを遠慮なく言う習慣が付くので、確固たる意思を求められる場所では活躍できると思う。

中二病に適した人

では、中二病に適合するのはどういう人かというと、鋼の心を持った打たれ強い系と、僕のような他人に興味無い系あたりではないかと思う。ただ、前者は実際に居るのかどうかわからないけれども、他人への興味を持ったままカウンター中二ビームを食らい続けるというのはドMの成せる技としか思えないので、中々に難易度は高い気がする。後者は多分普通に居る。

おわりに

ここまで書いてみて、大人の中二病というのは実はASDの側面を含んでいるのではないかという気がしてきた。だとすれば僕が幾ら中二病患者として生きる意義を説いた所で、「だったら私も今日から中二病患者になる!」という真似も出来ないわけで、とても残念である。願わくは、この適当な予感が外れて、色々な形の大人な中二病患者が世に蔓延っていることを切に祈りたいと思う。

国民民主党のネーミングセンスが素敵すぎたので政党命名サービスを作った

国民民主党。民が連続するのも凄いし、「民主」の「民」は国民の「民」のはずなので(でないとそれはそれで凄い)、どう考えても…。いやいや、聡明な政治家先生方のことなので、きっと僕のような庶民には理解できないような深い意味があるのだろう、そうに違いない。

でも、折角なので命名サービスを作ってみた

でも、ひょっとしたらもっと素敵な名前があるかもしれないと思ったので、戦後の政党とか政治団体からそれっぽい語を抽出して、新しい政党名を合成できるサービスを作ってみた。帰宅してからの数時間で作った代物なので、色々と雑なのは勘弁願いたい。

seitoumaker.wor.jp

民進党、希望の党の皆さんも、このサービスを使ってもっと素敵な政党名を模索していただけると大変嬉しい。